新語時事用語辞典とは?

2012年10月1日月曜日

新日鉄住金

読み方:しんにってつすみきん
別名:新日鉄住金株式会社
別名:新日鐵住金株式会社
別名:新日鐵住金
英語:NIPPON STEEL & SUMITOMO METAL CORPORATION

新日本製鉄株式会社(新日鉄)と住友金属工業株式会社(住金)の合併により誕生した株式会社。2012年10月1日に正式に発足した。正式には「新日鐵住金」と表記する。

新日本製鉄は、日本の鉄鋼メーカーとして国内最大手、住友金属工業は同じく国内第3位のシェアを持つ。合併して新日鉄住金となったことで、アルセロール・ミッタル(Arcelor Mittal)に次ぐ世界第2位に位置することになった。

なお、新日鉄住金に次ぐ国内シェア第2位はJFEスチールであるが、同社は2003年に川崎製鉄と日本鋼管が合併して誕生した鉄鋼メーカーである。

関連サイト:
新日鉄住金

野田第3次改造内閣

読み方:のだだいさんじかいぞうないかく
別名:第3次野田改造内閣
別名:野田第三次改造内閣

野田佳彦・第95代内閣総理大臣による第3次の改造内閣。発足日は2012年10月1日。

野田第3次改造内閣では閣僚18名のうち10名が交代する。とりわけ 第1次小泉内閣のもとで外務大臣を務めた田中真紀子を文部科学大臣に充てる人事が話題を呼んだ。また、民主党代表、国土交通大臣、外務大臣などを務めた前原誠司が国家戦略担当大臣に充てられている。

玄葉光一郎・外務大臣や枝野幸男・経済産業大臣、森本敏・防衛大臣、藤村修内閣官房長官などは留任・続投が決まった。

野田内閣は2011年9月に発足した。2012年1月に野田第1次改造内閣、2012年6月に野田第2次改造内閣が発足している。

LT貿易

読み方:エルティーぼうえき
別名:日中総合貿易に関する覚書


日中間の貿易に関する協定。1962年に調印された。LT貿易の呼び名は、両国の調印者廖承志(Liao Chengzhi)と高碕達之助(Tatsunosuke Takasaki)のイニシャルから取られたとされる。

日本と中国(中華人民共和国)は、1972年に日中国交正常化が実現するまで、正式な国交が行われていなかった。特に1958年以降は、長崎で五星紅旗が摺り下ろされるという事件が発生したことで中国政府は態度を硬化させ、日中貿易が全面的に中断する状況に陥っていた。

LT貿易の締結は、日中間における半官半民の貿易を促し、後の国交正常化の土台を築いたと言われている。

関連サイト:
連絡事務所の設置および新聞記者交換に関する高碕達之助,廖承志両事務所の会談メモ - 東京大学東洋文化研究所 田中明彦研究室 日本政治・国際関係データベース
LT貿易 半官半民の発展段階に入った中日両国の貿易関係 - チャイナネット

東京駅丸の内駅舎

読み方:とうきょうえきまるのうちえきしゃ
別名:東京駅丸の内赤レンガ駅舎
別名:丸の内赤レンガ駅舎

東京都千代田区丸の内一丁目に所在するJR東日本の駅舎。1914年(大正3年)に営業を開始した。日本最多のプラットフォームを持ち、東西の鉄路の起点である東京駅の本駅舎である。

東京駅丸の内駅舎は、ドーム屋根を特徴とする3階建て、赤レンガ造りのヨーロッパ風建築として設計され、皇居に正対するように構え、中央に皇室専用出入り口が設けられていた。設計者・辰野金吾は大正時代を代表する建築家で、日本銀行本店を設計したことでも知られている。

1923年に関東大震災が発生した際、東京駅丸の内駅舎はびくともしなかったが、1945年の東京大空襲では建物上部が大きく損傷し、規模を縮小して補修された。階数は2階に減り、ドーム状屋根は復元されなかった。2003年、東京駅丸の内駅舎は国指定重要文化財となっている。

2006年に東京駅丸の内駅舎を開業当初の姿に復元するプロジェクトが発足した。駅舎の地下に大規模な免震装置を設置すると同時に、失われた3階部分やドーム屋根を復元する取り組みが進められた。

復元工事は2007年から5年かけて行われ、2012年10月1日にグランドオープンした。復元工事に要した総工費は約500億円、その費用は空中権の譲渡によってまかなわれたという。