2014年1月27日月曜日

ユーリヤ・ティモシェンコ

別名:ティモシェンコ
別名:ティモシェンコ首相
別名:ユーリヤ・ヴォロドミリヴナ・ティモシェンコ
別名:Юлія Володимирівна Тимошенко
別名:Юлія Тимошенко
英語:Yulia Tymoshenko
英語:Yulia Volodymyrivna Tymoshenko

1960年生まれのウクライナの政治家・実業家。2005年に第11代首相を務め、2007年から2010年まで第14代首相を務めた。1996年に政治家に転身する以前は、天然ガスの輸入・卸売業を営んでおり、ウクライナ国内でも随一の資産を築き上げたことから、「ガスの王女」の通称でも知られていた。

ユーリヤ・ティモシェンコは、2004年ウクライナ大統領選挙に際して起こったオレンジ革命でヴィクトル・ユシチェンコの盟友として頭角を現し、民衆の支持を集めた。しかし首相就任後、ティモシェンコはユシチェンコと対立し、2005年にはユシチェンコが大統領令でティモシェンコ首相を含む全閣僚を解任するに至った。

2010年ウクライナ大統領選挙でユーリヤ・ティモシェンコは、オレンジ革命で対立し、大統領の座を追った相手であるヴィクトル・ヤヌコーヴィチと対決したが、約3.5%の僅差で落選した。ティモシェンコ陣営は選挙に不正があったとして提訴したが、のちに訴えを取り下げた。

ヤヌコーヴィチ政権の下、ユーリヤ・ティモシェンコは2011年8月に、ガス会社経営に関する汚職の容疑で逮捕され、2014年1月現在に至るまで収監されている。身柄拘束の際には、ティモシェンコ支持派の市民数百名が抗議活動を行い、首都の幹線道路が封鎖されるなどの混乱もあった。また、1996年に起こった上院議員エフゲニー・シェルバンらの殺害をティモシェンコが依頼したとして、殺人の容疑もかけられた。

2013年には、ウクライナの欧州連合(EU)加入にあたり、EUとの関係改善を目的として、ティモシェンコが治療を名目に事実上釈放される可能性があるという話がメディアなどによって伝えられ、民衆の間に広まった。しかし、政府はEU加盟に向けての連合協定を凍結し、親露路線をとるとともに、ティモシェンコを再逮捕した。連合協定凍結をきっかけに発生した反政府デモ「ユーロマイダン」の参加者には、ティモシェンコの支持者も多く含まれていたとされている。

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