2014年3月26日水曜日

大韓民国臨時政府

読み方:だいかんみんこくりんじせいふ
別名:大韓民國臨時政府
別名:대한민국 임시정부
英語:Provisional Government of the Republic of Korea
英語:Provisional Government of Korea

日本統治時代の朝鮮で1919年に起こった三・一運動を契機として設立された、朝鮮の亡命政府。李承晩や金九らの活動家により、中国の上海において設立された。設立当初、李承晩が大統領に就任し、その後金九や李東寧などが大統領や国務総理(首相)を務めた。

大韓民国臨時政府は、設立当初から朝鮮の独立を目的として、抗日武装闘争と称し、宣伝活動やゲリラ闘争などを行ってきた。例えば、1932年に日本で起こった昭和天皇の暗殺未遂事件(桜田門事件)の犯人は、大韓民国臨時政府が組織した抗日武装組織の一員だったことが明らかになっている。1933年に大韓民国臨時政府は、中国国民党の蒋介石と抗日共同戦線を張ることで合意した。その後、日中戦争が勃発すると、大韓民国臨時政府は上海を離れ、杭州、南京、広州など各地を転々としたのち、最終的に重慶を拠点とした。

韓国では、大韓民国臨時政府が1941年12月9日に日本とドイツに対して宣戦布告を行ったとして、それを根拠に韓国が第二次世界大戦の戦勝国に含まれるとする主張がなされることがある。しかし、大韓民国臨時政府の宣戦布告は当時、日本およびドイツには伝わらず、臨時政府軍が日本軍と交戦した記録もないことから、一般的には韓国は戦勝国とは見なされていない。また、宣戦布告自体も国際法上の効力を持たないとされている。

韓国政府は韓国を大韓民国臨時政府の正統な後継者として捉えており、憲法の前文でもその旨が明記されている。しかし、大韓民国臨時政府は2014年現在に至るまで、日本や連合国を含むいかなる国家にも承認されておらず、国際的には亡命政府として認められていない。

2014年に韓国の朴槿恵大統領が、対中関係の強化を表明したことに関連して、上海の大韓民国臨時政府跡地の観光地としての人気が高まっていると報道された。また、2014年3月に行われた中韓首脳会談で、中国の習近平国家主席は、韓国政府の要請に応える形で、大韓民国臨時政府の軍事拠点の一つであったとされる西安に記念碑を建立する事業を進めていることを述べた。