2020年4月28日火曜日

ポピュリズム

英語:populism

ポピュリズムとは、ポピュリズムの意味

ポピュリズムとは、労働者や貧農、都市中間層といった市民階層を「大衆」と位置づけ、大衆に対する所得再分配や政治的権利を希求する政治思想のこと。また、ここから転じて、政治家が大衆の抱く感情や情緒に寄り添う形で政治を行う手法や、そうした大衆の基盤に立つ運動も指す。日本語では人民主義、衆愚政治、反知性主義などの訳語が用いられることが多い。

ポピュリズムの語源

ポピュリズムの語源は、1891年にアメリカで設立された政党「アメリカ人民党」の構成員や支持者を指す「ポピュリスト」である。アメリカ人民党はノースカロライナ州やアラバマ州、カンザス州といった、アメリカ南部や中西部の諸州で貧困にあえぐ農民を支持基盤として勢力を伸ばした。エリート層や鉄道会社、銀行などに対して経済的に対抗することを掲げ、農本主義を掲げる政策の主軸としている。人民党自体は1896年に民主党の選挙協力を受けたことをきっかけに活動が衰退した結果解散し、ポピュリズムの運動も衰退している。

ポピュリズムは、利益を大衆に帰属させるという観点から、個は全体に従属すべきという権威主義や全体主義と同義ととらえられることがある。これは本来民主主義とは対立する観点ではあるが、民主主義政体において最大多数を占める集団に対する利益を追求し、少数派を無視する政策を安易に行い続けた場合には、ポピュリズムが権威主義や全体主義に転じていく可能性が大いにある。21世紀に入ってからは、複雑な政治上の対立構造を単純化して大衆に直接支持を訴える、いわゆる「劇場型政治」を繰り広げる政治家の活動思想に対して用いられることが多くなり、大衆迎合政治や衆愚政治、反知性主義といった意味合いが付与されるようになった。

ポピュリズムの反対語としては、19世紀の用例に対してはエリート主義、21世紀以降の用例ではリバタリアニズム(自由至上主義)、哲人政治、知性主義などが挙げられる。

ポピュリズムの歴史

ポピュリズムは元来アメリカで起こった運動であったが、類似する運動として1860年の帝政ロシアで起こったナロードニキ運動がある。ナロードニキはロシア語で人民主義者の意味であり、農奴解放を目指していた。この運動は後にポリシェビキに引き継がれ、ロシア革命の原動力となる。アメリカとロシアで19世紀に起きたポピュリズムは、どちらも農業経済から工業経済への移行期に発生したものであり、過激な活動を伴っていたことが共通している。

ヨーロッパにおいては、19世紀に発生したロマン主義が、従前の知識人を主体とする合理主義や知性主義に対抗する概念として生まれた。時は下って1930年代から40年代にかけて展開されたムッソリーニのファシズムや、ヒトラーのナチズムといった運動は、大企業、知識人、外国資本、社会主義者、共産主義者といった集団に対して明確に反抗しており、また民衆に対して利益をもたらすことを約束したことから、ポピュリズムに分類される。

21世紀に入り、アメリカやイギリス、フランスなどの欧米諸国では、テロとの戦いや移民問題、ブレグジットなどの様々な要因から保守路線の政党が大衆感情に迎合した政策を掲げることが多くなった。間接民主制が腐敗などで十全に機能しなくなった場合や、目下の危機に現在の政治では対応が出来ない場合にはポピュリズム政党に対する支持が増える傾向にある。

日本においては、2000年代に「聖域なき構造改革」を掲げて、反対する政治家を抵抗勢力と名指しで批判し、対決姿勢で臨む劇場型政治を繰り広げた小泉純一郎がポピュリスト政治家と認識され、ポピュリズムが日本に浸透を始めていった。また、地方自治体では、市民が直接選挙によって知事や市長を選ぶため、東京都における石原慎太郎や小池百合子、大阪府における橋下徹のような、タレント性の高い政治家が登場し、人気取りのために大衆へ迎合した政策を掲げる傾向が見られる。このことから、地方政治においてはポピュリズムがより浸透しやすい土壌が作られていると考えられる。