2020年2月17日月曜日

感銘を受ける

読み方:かんめいをうける

「感銘を受ける」の意味、表記、成り立ち

感銘を受ける(かんめいをうける)とは、心に深く刻まれるような強い感動を抱くことを表す慣用的な表現。「感銘」は「肝銘」とも表記する。ただし、現代では「感銘」と書くことが普通である。

「感」は心が動くこと、「銘」は心に刻むことの意で、「感銘」は物事に触れて心が動き、その気持ちが心に刻まれることを意味する。また、「肝銘」の「肝」は心を意味する。

「感銘を受ける」の使い方

「感銘を受ける」は、文章や改まった会話で用いる、やや硬い表現である。

「感銘を受ける」は、慣用句というほど熟してはおらず、コロケーションであると解される。したがって、「感銘を深く受ける」のような部分修飾や、「感銘をお受けになる」のような敬語化も可能である。

「感銘を受ける」は、「~に」に、その感銘を生じさせる物事をとる(例文、「教師の言葉に感銘を受ける」)。この、感銘を生じさせる物事は、他者の言動や思想、小説や絵画などの作品であることが多く、自分自身の行為や、自然の風景などに心を動かされる場合には、「感銘を受ける」は用いにくい。

「感銘を受ける」の言い換え

「感銘を受ける」と言い換えられる表現として、「感銘」のコロケーションでは、「感銘を覚える」「感銘を味わう」などが挙げられる。「感銘を受ける」は、心を動かす物事からの強い働きかけが感じられるのに対し、「感銘を覚える」は自然とそうなるという感じが、「感銘を味わう」はしみじみとそう感じるという意味合いがある。また、感銘を受ける意で単に「感銘する」とも言う。

この他、「感銘を受ける」と言い換えうる表現には、「感銘」の類義語(類語)である「感動」「感激」を用いた「感動する」「感激する」、また「琴線に触れる」などがある。

「感動」と「感銘」の違いには以下のようなものがある。第一に、「感動」は「感銘」よりも日常語的であり、口頭でも普通に用いられる。第二に、「感銘」は後々まで覚えているような感情をいうのに対し、「感動」は一時的な心の動きをいう。第三に、「感動」は自然の風景などに心を動かされたときにも用いられる一方、「感銘」はそのような場合には用いにくい。

「感激する」は、「病気が治ったことに感激する」のように、自分自身の身に起こったことにも用いることができるが、「感銘を受ける」は自分自身の身に起こったことには用いにくい。また、「感激する」には、自らの気持ちが奮い立つというニュアンスがあるが、「肝銘を受ける」にはそのような積極的な感じはない。

「琴線に触れる」は、物事に感銘を受ける気持ちを、物事が弦楽器の糸に触れる様子にたとえた表現であり、「感銘を受ける」と違ってその物事を「~に」にではなく「~が」にとる(例文、「詩の言葉が心の琴線に触れた」)。

この他に、「感銘を受ける」と言い換えうる表現には「心を打たれる」「胸を打たれる」「胸に響く」などが、「感銘」の類義語(類語)には「感慨」「感心」「感嘆」などがある。

また、「感銘を受ける」と似た形の表現に「共感を受ける」があり、「曲の歌詞に共感を受けました」のように、「共感する」の意で「感銘を受ける」と同様の使い方で用いられることがある。しかし、「共感を受ける」は通常、「~が共感を受ける」の形で、共感を得られる意で用いられるものである(例文、「党の方針が国民の共感を受けている」)。

「感銘を受ける」と対になる表現

「感銘を受ける」に対し、他者に深い感動を及ぼすことをいう表現に「感銘を与える」「感銘をもたらす」などがある。

「感銘を受ける」の英語での表現

「~に感銘を受ける」は、英語ではbe impressed with ~、be impressed by ~、be moved by ~、be touched by ~などと訳すことができる。

「感銘を受ける」の例文


  • 先生の言葉に心から感銘を受けた
  • 彼女の作品に感銘を受けたことが契機となった
  • これまでに最も深い感銘を受けた本は司馬遼太郎の「坂の上の雲」です
  • 〔就活における履歴書の志望動機で〕御社の企業理念に感銘を受けて志望しました

(執筆:稲川智樹)