2020年4月6日月曜日

ルサンチマン

ルサンチマンとは、ルサンチマンの意味

ルサンチマンとは、弱者が強者に対して抱く「恨み」や「嫉妬心」のこと。日本語では「怨恨」と訳されることも多い。ドイツの哲学者ニーチェ(Friedrich Neitzsche)の道徳哲学を特徴づける重要なキーワードのひとつとして知られる。

なお、ルサンチマン(ressentiment)という語そのものはフランス語である。
 
ルサンチマンは、社会的な弱者・被支配者が抱く、強者・支配者に対する怒りや憎悪、嫉妬などの感情である。ニーチェはルサンチマンを「弱者側の道徳観」と捉えた。弱者は強者に対する憤りを行動に移せない。そのため弱者は、想像の中で復讐心を膨らませて心を慰めるのだいう。

ニーチェは「道徳の系譜」(1887年)においてルサンチマンの概念を提唱した。ただし、ルサンチマンの「弱者の強者による嫉みが道徳観となる」という構造は、必ずしもニーチェによる空前の発明というわけではない。デンマークの思想家キルケゴール(Søren Kierkegaard)は1846年に「En literair Anmeldelse」(抄訳の邦題は「現代の批判」)において、当代における道徳観を「嫉み〔嫉妬〕」であると看破している。

キルケゴールはこの「嫉み」に基づく道徳観を、強者の足手まといになる道徳観として、強者側の視点から示した。ニーチェは逆に弱者の視点から捉え、そして「ルサンチマン」という用語を与え、この概念を定義したのである。

ニーチェは、当時の西欧文化において絶対的な価値基準であったキリスト教的道徳観に対して懐疑的であった。キリスト教の起源は、ユダヤ人の、かつて虐げてきたローマ人に対するルサンチマンが根底にあるという。強者たるローマ人により虐げられ、貧しく不幸な生活をしている自分達ユダヤ人は、貧しく不幸であり、だからこそ幸いなのだ、貧しい人にこそ神の国が開かれているのだ、という考え方がキリスト教の根底にあるとニーチェは捉えた。

ニーチェはいわゆる実存哲学の先駆者として知られ、今日もなお大きな影響を与え続けている。「ルサンチマン」の概念もまた、今日でも世間道徳を俯瞰する手がかりとして価値を保ち続けている。

例えば、有名人のゴシップ・醜聞・スキャンダルの類に(直接的には無関係なはずの)人々が過剰なまでに反応して大騒ぎするのも、ルサンチマンの感情が根底にあるためと考えれば腑に落ちる。自分より恵まれている有名人に対する嫉妬心、憎悪、復讐心。これが自分と同じ境遇の、自分と同じルサンチマンを抱いた人々と、ひそかに一致団結した場合、大きな炎上騒ぎとなることも少なくない。

こうした感情の機微を、ニーチェは人間の本質であるとし、批判せずむしろ肯定的にとらえている。

ルサンチマンの概念

ニーチェがルサンチマンについて再定義した後も、著名な哲学者や歴史家、批評家などがルサンチマンの概念を独自に論じている。フランス現代哲学を代表するジル・ドゥルーズは、著書においてルサンチマン概念の再生を述べた。フランスの文芸批評家ルネ・ジラールは、ルサンチマンを誰もが持ち得る嫉妬心に過ぎないと論じている。つまり、ルサンチマンのような感情は自分で制することが難しく、誰でも自然と抱いてしまう感情だというのだ。ルネ・ジラールの考え方からすると、貧しく虐げられた者のみが強者に対して抱くのではなく、強者ですらルサンチマンを抱き得ることになる。

カナダの歴史家マルク・アンジュノも、ルサンチマンを不満が蓄積されることによって生まれる態度としている。特に、アイデンティティ・ポリティクスを論じる際にルサンチマンの概念を取り上げているのが特徴的だ。ルサンチマンを根底とする主意主義が独善的な主張を増やし、社会における差別や対立を煽っていると論じたのである。