2022年3月23日水曜日

《観る》の謙譲語

「観る」の謙譲語表現

「観る」とは、対象を視覚で認識するという意味で、一般的に用いられている「見る」とほぼ同義です。両者の違いは、対象に意識を集中させて視覚を働かせる場合は「観る」を用い、特に意識はしないで目に映るものを認識する際は「見る」を使う、といった点です。どちらも視覚で対象をとらえる行為であることには変わりありませんので、「観る」を謙譲語で表現するとすれば「見る」の謙譲語の特定形である「拝見する」がそれに該当します。また、謙譲語の一般形を用いて「観せていただく」という言い方も可能です。

「観る」の謙譲語の最上級の表現

「観る」の謙譲語は「拝見する」「観せていただく」となりますが、最上級の謙譲語表現にするのであれば、これをさらに丁寧な言い方に改める必要があります。両者ともに「です・ます」の丁寧語を用いて「拝見します」「観せていただきます」と敬意の度合いを深めることができますが、「観せていただきます」がこれ以上は丁寧な表現とすることができない一方、「拝見します」は「する」の謙譲語「いたす」に言い換えて、より深くへりくだった気持ちを表すことが可能です。そのため「拝見いたします」が「観る」の謙譲語の最上級の表現であるということができます。

「観る」の謙譲語のビジネスメール・手紙での例文

ビジネスメールや手紙など、「観る」の謙譲語を文書で表す場合には、「拝見する」を使うのが一般的です。「メールを拝見しました。ぜひ一度お目にかかりたいと存じます」「お見積もりを拝見いたしました。検討させていただきたいと存じますので、いましばらくお時間を頂戴できればと存じます」「貴サイトを拝見してご連絡いたしました」「お送りいただきました企画書を拝見したところ、いくつかお伺いしたい点が出てまいりました。ご教示いただければ幸いでございます」「昔と変わらぬ先生のお元気そうなお姿を拝見して、安心すると同時に懐かしさがこみ上げてまいりました」などと使います。

「観る」を上司に伝える際の謙譲語表現

ビジネスシーンで上司に対して「観る」を伝える際は、「観ました」といった報告であったり、「観てもいいですか」といった許可を願う場面であったりすることが考えられます。書類や資料を観たという報告の場合は「資料を観せていただきました」「書類を拝見いたしました」などと、謙譲語を使って上司への敬意を示します。また、書類や資料を観たいので許可してほしい、という気持ちを伝える場合は「資料を観せていただいてもよろしいでしょうか」「書類を拝見してもよろしいでしょうか」などと謙譲語を用います。

「観る」の謙譲語での誤用表現・注意事項

「観る」の謙譲語は「拝見する」「観せていただく」ですが、さらに敬意を深めようといっそう丁寧な言い方にすることで、結果的に誤用表現となってしまうケースがあります。その一つが「拝見させていただく」というフレーズです。「拝見する」はこれ自体で謙譲語です。そのため、このフレーズの中にさらに謙譲語を加えると二重敬語になってしまいます。二重敬語とは、すでに敬語となっている言葉に同じ種類の敬語を重ねてしまう文法上の誤りです。この場合、「いただく」が謙譲の補助動詞ですので「拝見する」とともに用いることで、禁止されている二重敬語の表現となってしまうのです。「拝見する」をいっそう丁寧に言うのであれば「拝見いたします」と言い換えるようにしなくてはなりません。

また、「観せていただく」を「観させていただく」と表現することがあります。「観させていただく」の「させて」は「する」の使役形に助詞の「て」がついて、これに謙譲の補助動詞「いただく」が加わることで、相手からの許可や容認を求める言い回しとなります。そのため「観させていただく」は相手からの許可や容認を得たい場合以外で使用するのはふさわしくないのですが、「観る」という自分の行為をへりくだってさらに丁寧に言おうとするあまり、許可や容認を得たい場合以外にも「観させていただく」と言ってしまう場合があります。しかし、そのような使い方は、謙譲の美徳と受け取ってもらえるどころか話し手の強い意志の表明であると誤解して受け取られてしまうことがあるので注意が必要です。

たとえば「私が観させていただきます」といえば、「私が観ます」ということの強い意志表現です。さらに声を張って強く言えば「絶対に自分が観るのだ」という半ば強引ともいえる決意の表明にも受け取られます。許可を得る必要のない場面で「させていただく」を乱用すると、本人は丁寧な表現をしたつもりでも、受け取る人にとっては「断固として自分が見るんだ」と強く自己主張しているように捉えられ、かえって逆効果になる恐れがあることを肝に銘じておかなくてはなりません。

「観る」の謙譲語での言い換え表現

「観る」の謙譲語での言い換え表現は、「拝見」と同様に「拝」の文字を使った熟語に求めることができます。「拝」は「謹んで行う」という意味で、自分の行為につけてへりくだり相手への敬意を表す意味を持つ言葉です。「観る」という行為に関していえば、謹んで読むという意味を持つ「拝読する」や、拝見と同じく謹んで見るという意味を持つ「拝覧する」などをあげることができます。