2022年1月24日月曜日

鑑賞と観賞の違い

「鑑賞(かんしょう)」は、文学・音楽・美術・演劇などの芸術作品を理解し、評価するなどして作品を味わい楽しむことです。「観賞(かんしょう)」は、自然の中にあるものや娯楽作品などを、ありのままの状態で見て楽しむことです。

「鑑賞」「観賞」の違い・概要

「鑑賞」の「鑑」は、よく見て品定めをするという意味があり、主に芸術作品を理解して味わう時に使われ、「観賞」の「観」は、見る(観る)の意味があり、視覚的に見て楽しむ時に使われます。その違いは、対象のものが何であるかと目的が何であるかによって使い分けられます。また、表記上の違いだけである場合もあり、その違いを明確に分けられない場合もあります。

「鑑賞」「観賞」の使い方、使い分けは?

「鑑賞」と「観賞」の使い方は、どちらも対象になるものを見たり楽しんだりする場合に、「○○を鑑賞する」「○○を観賞する」や「○○鑑賞」「○○観賞」と使います。「鑑賞」は、見る以外にも音楽鑑賞や文学鑑賞など、視覚的要素以外にも聴いたり読んだりすることも含まれています。そして、その対象になるものを理解し、評価したり品定めすることで楽しみます。「観賞」は、見て楽しむ対象が主に自然のもので、景色を観賞したり、桜の花を観賞したり、そこにあるそのものを見て楽しみます。ただし、鑑賞と観賞を使い分けるのが、厳密には難しい場合があるので、詳しく説明していきます。

音楽や演劇などは芸術作品ですから一般的には「鑑賞」が使われますが、主催者の「気軽に楽しんでほしい」や「親しみを持ってほしい」などの意向で「観劇」が使用される場合もあります。ミュージカルなどの芸術性の高いものは「鑑賞」、コメディーなどの喜劇作品は娯楽性が高く、ありのままを見て楽しむことから「観賞」、という風に、内容で使い分けられることもあります。テレビも、日常的に楽しむ娯楽的な内容が多いので、一般的には「テレビ観賞」を用います。しかしその中においても、コメディー作品であっても芸術的なものであったり、テレビの娯楽作品であっても深く考えさせられるような内容であったりすると「鑑賞」を使う場合もあるので、その使い分けの判断は使う人の主観による判断に影響がされるので、「鑑賞」と「観賞」を使い分けることは難しいと言えます。

また「観賞」は、主に自然のものに対してを使うので分かりやすそうですが、同じ花を対象にした場合でも「鑑賞」と「観賞」を使い分ける場合もあります。例えば梅で例えると、手入れの行き届いた梅林で梅の花を「鑑賞」する。裏山に咲いていた梅の花を「観賞」した。という風に、手入れして作り上げた芸術作品として見て楽しむ場合と、自然のありのままを見て楽しむ場合です。盆栽やフラワーアレンジメントなども、作られた芸術として「鑑賞」の対象になります。自然のものであっても、人工的に手が加えられているかどうかで使い分けられます。さらに、使い分けの難しい例としては、花火は人の手によって作られたものですが、通例として「観賞」が用いられています。

このように「鑑賞」と「観賞」のどちらを使うかを大まかに分けると、「観賞」は主に芸術作品を理解して味わい楽しむ場合に使い、「観賞」は主に自然のものをそのままを見て楽しむ場合に使われます。ただし、使う人の主観的な判断でその限りではない場合もありますので、明確に判断するのは難しいと言うことになります。

「鑑賞」「観賞」の用例・例文

鑑賞と観賞の用例・例文には次のようなものがあります。

・まづ文芸の鑑賞には縁のないものとおあきらめなさい。(芥川龍之介 「文芸鑑賞講座」)
・京都を藝術の都市として鑑賞しやうとする時吾等は現代の佛教徒が信仰學識の如何を論ずる必要がない。(永井荷風 「十年振」)
永井荷風の用例で使われる「鑑賞」は、京都という都市を対象にしていますが、自然の風景ではなく、作り上げられた都市という人工物であり、芸術的であることから「鑑賞」が使われているかも知れません。

・ついに実用から移って鑑賞花草となったものである。(牧野富太郎 「植物一日一題」)
牧野富太郎の用例で使われる「鑑賞」は、自然の植物に対するものですが、植物学者である著者の植物への畏敬の念から「鑑賞」を使ったのかも知れません。

・時雨に濡れて近代風景を観賞する。(種田山頭火 「行乞記」)
・だから音楽を吹きこむ前に試写してみて十分観賞に堪え得る写真を作つておかないと大変なことになる。(伊丹万作 「映画と音楽」)
伊丹万作の用例で使われる「観賞」は、「鑑賞」であっても良い気がしますが、作者の主観的な判断により「観賞」を選んで使っているのかも知れません。